2006年11月01日

仁義なき戦い?大猫

連日大変重い話でみなさんの心も重くしてしまったのでは

ないでしょうか。。。今日はこんなお話です。

我が家の長老さんは どこの獣医さんでも「雄ですか?」と

聞かれます。。。三毛猫だからたいてい雌でしょ? それに

避妊手術を頼んで予約まで入れているのに おいおい メースよ

かならず「こんな大きな雌は見たことがない!!」です。

珍しいと言われ 珍獣でも見るかの様な扱い?です。

「なに食べさせているの?」とか聞かれますが

人間の食べ物は食べないし。。。うーん かつおぶしかなぁ。。。

あとはドライフード少々。。。水は流水でと気むずかしい?

(飼い主でもなんで大きいのかわかりません!)くらいです~

空気太りでもしていたのかしら?

獣医さんに言われるまで 私は自覚出来ませんでした。

でも その後交通事故にあったのだけれど

肉襦袢のおかげで?「本当なら死んでいましたよ!」ですみまし

た。まぁ大ケガだったので何ヶ月も入院していました。

その間にそこの獣医さんがTV出演したりして、たまたまTVつ

けたら 画像がでてくるまえに 音声で「なんだか聞いた事のあ

る声だなぁ 誰?」くらいでいた私。。。

画面にうつった映像がなんだか見覚えのある景色?があっ!!

うちの猫じゃんよー あのくたっと寝ている横顔は!!!

キャリーバックまでうつっていて おいおいやめてくれー

そんなTV関係者の雑菌を弱っている愛する娘に近づかせないで

なんだか飼い主のわたしは画面の前で虚しかったです。。。

今では手術の時 輸血をしてもらって性格がかわったのか?

おとなしい子になってくれて助かっています

輸血が関係あるかわかりませんがねー?

それまでは もーう 悪!!悪!!番長でんがなぁー

その当時居た7匹の猫達を自分が一番小さいのに蹴散らせながら

ワル!悪!すーぐに飛びかかる悪い子でした。

誰もお友達になってくれず 孤立してもせーせーすらーって顔で

外の物置の上でふて寝していたり お外をおうかしていましたね。

あっ!この時は ものすごーい田舎暮らしでして

外には人さえ居ない様な環境だったので 昼間だけ外に出たい子

は出していました。(後にも先にもこの時はこの土地風習で出して

みたけど、事故にあったりしたので今は完全室内飼いにする様に

しました。)

野中の一軒家暮らしでした。猫の為に都会から拾える野良猫

拾いまくって引っ越した時ですね。

そこでは孤独な一人暮らしで 猫と この前の犬と暮らして

いました。 そこで8年仙人の様な暮らしをしていましたね

「猫の為に都落ちしてバカじゃないの」などとも言われましたが

私は猫を選んだのだから少々の不便や孤独などは全然平気?

でした。本当は平気じゃなかったじゃーん えーんえーん(泣)

まぁ話せば長いお話になるので・・・ 

でも 肉襦袢をきて命拾いした子も(その時はおチビでしたが)

今では長老で標準体重になりながら生き延びております。

一番童顔ですね。でも他の猫のケンカの仲裁には誰よりも早く

かけつけしまいには悪い方?の毛を口にくわえている時は

あぁ・・・やっぱり昔の熱き?性格はかわっていないのねと

複雑な心境になりますね。 姐さん状態に目にうつるのです。

その時かならず 映画の仁義なき戦いのあのメロディーが

「てててぇーん♪てててぃーん♪」この姐さんは組長ばりの

猫気持ちがあるらしく?今でも家の中では歳だけでなく

気質も頂点をきわめています。。。

この子は長生きをしたおかげで私の闇よりくらーい時代・・・

修行の時期を共に乗り越えた生き証人(猫)ですね。

私はこの期間を「島流しの刑」と呼んでおります。

また今度この「島流しの刑」についてお話しますね

おたのしみにーーっ て楽しいかよっ!!?

「プチ島流しの刑」から流浪人生活が始まるのだ~

これは忘れかけていました。。。プチもあったぞー うーん悲しい

comment form
comment form